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STATEMENT

アノニマスの相貌と描くことの純粋さ――水戸部七絵の絵画作品 西村智弘(美術評論家)

 水戸部七絵は、顔を描くのが苦手であるという。どちらかといえば、静物画や風景画の方が得意であるそうだ。これは意外な発言である。なぜなら、水戸部がこれまで発表した絵画の大半が人物画であり、顔を描いた作品だからである。学生時代の水戸部はいろいろなモチーフを描いていたようで、一時は抽象絵画を試みていたこともある。大学4年生の中間講評のときに人物を描いた絵画を発表していて、これが今日につながるスタイルとなった。ただし、静物や風景をモチーフにした絵画も並行して制作している。あまり発表していないだけなのであった。

 水戸部の絵画は、過剰なまでの厚塗りに特徴づけられる。厚塗りの嗜好は早くからあったらしく、すでに予備校に通っていた頃からそのような描き方をしていたという。しかし彼女は、厚塗りであることを目的に制作しているわけではない。静物画や風景画の場合には、厚塗りでなく完成する作品もある。本人が納得すれば薄塗りでもかまわないのであった。

 しかし、人の顔を描くときは基本的に厚塗りであり、しかもその度合いが半端でなく、絵具が立体物のようにキャンバスから突きだしている。水戸部は、顔に対するコンプレックスがあったというのだが、顔を描くことへの葛藤が過剰な厚塗りを生んでいるのかもしれない。一方、厚塗りで描くことは絵具との格闘することでもあり、その結果が水戸部の絵画に特徴的なスタイルをつくっている。

 これまで水戸部はロックスターや女優などを描いてきたが、このモチーフ自体に取りたてて意味があるわけではないだろう。モチーフは絵を描くためのきっかけのようなもので、そこに個人的な動機や嗜好が反映されているにしても、彼女が絵画によって実現しようとしているのはもっと別なところにある。

 一貫して水戸部は油絵具を使う。彼女には油絵具のもつ質感や発色に強いこだわりがあって、絵具の特性をキャンバスに描くことのなかで引きだそうとしている。一見すると意外のようだが、水戸部には彼女なりの絵画に対するフォーマリスティックな関心があって、絵画にとって本質的なものを志向している。絵具がキャンバスから盛り上がっているのも、立体的な効果を狙っているわけではなく、絵画性を追求した結果といえる。

 今回の個展は、この数カ月のあいだに描いた新作のみで構成されている。人物の顔を厚塗りで描いていることに変わりはないのだが、新しい試みにも挑戦している。それはモデルが存在しないことである。これまで水戸部が描いてきたのは、つねに特定の誰かの顔であった。しかし、今回発表される作品は誰の顔でもない(目や口が描かれていないのはそのためである)。

 水戸部が描いているのはアノニマス(匿名)の相貌であって、いわば顔そのもののイメージである。それは、顔というモチーフの抽象化であって、彼女なりに純粋化を進めた結果である。水戸部は、これまで以上に絵画であることの本質に近づこうとしているようだ。一方、匿名の顔を描くことは、彼女にひとつの解放をもたらしているだろう。つまり、心理的な葛藤を超えて絵具との格闘に専念できるようになったということである。

 水戸部は、匿名の顔というモチーフに移行することで、絵画であることにより純粋に向き合うことができるようになったのであり、描くことの自由さを獲得したといえるだろう。アノニマスの相貌は、作家としての彼女の新しい顔でもある。