水戸部七絵は、溢れ出る色、 圧倒的な量感の絵具と素早い筆捌きによりイメージの創出と消失とを繰り返して「顔」を描いてきた。行為の集積からなる途方もない厚みはその先に現れるビジョンへと至る道行きであり、その意味で水戸部の作品は極端なまでに絵画的だと言えるだろう。制作は、マイケル・ジャクソンなど「パワーのある象徴的な」顔から匿名の顔の表現の探求を経て、近年は再び個人を取り上げている。
今回作家は、大英博物館の創立に寄与したハンス・スローンの顔を描いた。 アメリカでの人種差別抗議デモに端を発する記念的彫像の撤去との関わりでその「パワー」を逆説的に捉えたものだが、複雑な多色の巧みなコントロールと大胆なストロークによって、 画面からは個人の肖像に加えて他者の顔の気配、憧れや美、暴力、そして醜までが混然となって浮かび上がってくる。「顔」で ありながら「顔」を逃れて立ち上ってくる鮮烈なイメージ。一つの到達、また挑戦と言ってよい。
鎮西芳美(東京都現代美術館 学芸員)
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「VOCA展」実行委員会・上野の森美術館(編)『VOCA展 : 現代美術の展望-新しい平面の作家たち』
日本美術協会・上野の森美術館/2021年/pp.66-67